10代でヨガに出会ってから⚪︎⚪︎年(笑)経ちました。
最初はあまりにも体調が悪く辛かったので藁をも掴む思いで始めましたが、少しずつ体調が整い始めるとポーズにこだわり、難易度の高いポーズに挑戦したり、誰よりも綺麗にポーズがとれることに執着してみたり、常に誰かと比較していたり、それがヨガをプラクティスすることだと思い込んでいたのかもしれません。
インド滞在中もヨガドクターはポーズが上手だからといって特に褒めてくれることはなく、ただ私が体調が良いか、機嫌が良いか、モーション(排便)が正常かそれだけを気にしてくれたようでした。
以前ヨガドクターが広島に滞在された時、とても印象に残る出来事がありました。
当時の先生のご自宅件ヨガ教室にご家族で滞在されたので、度々会社帰りにお邪魔して、ヨガレッスンをしたりヨガドクターと拙い英語でお話ししたりと楽しい時間を過ごしました。
ヨガドクターにお世話になったせめてものお返しにと、お部屋にお花を飾り、毎日寄ってはお水を変えていたのです。
ヨガドクターはとても喜んでくださったので私も満足でした。
しかし、ヨガドクターがついにインドに帰国される日が近づいてきたある日、一緒にお食事をしていた時の事です。
『あなたがいつも仕事帰りに寄って元気な様子を見てとても嬉しく思いました。でも、あなたが古くなったお花を新しいお花に変える時に胸が痛みました。あなたは傷んだお花を無造作にゴミ箱に捨て、今まで綺麗に咲いてくれていたお花に何の感謝も感じていない様でした。
ヨガは生きとし生けるものを大切にし、深い感謝を感じる感性を育みます。大事なのはアーサナ(ポーズ)だけではなく他に対する思いやりです。』
と言われたのです。
今、陰ヨガのティーチャートレーニングを開催してみて、ヨガドクターのお言葉がとてもよくわかる様になったのです。
深い思いやりの心はアジャストや誘導の声に現れます。とても難しい事だとわかっていますが、参加した皆さんには一番大切なことをお伝えしたいのです。
ヨガはアーサナや呼吸法、瞑想を通して自我を超えていく行法です。ヨガを学ぶということは、自分を滅する近道なのかも知れません。
ヨガは健康法だけではなく私たちを成長させてくれるメソッドである以上、道(Tao)の一つだと言えるのです。

