ヒーリングって素晴らしいvol.1

photo of a woman holding a sage smudge stick

只今ヒーリング講座絶賛開催中です。

毎回リピーターが多いこの講座がヒーリングの奥深さや素晴らしさを物語っていると思うのです。

ヒーリングに出会ったのは阪神淡路大震災の次の日だったので忘れようもありません。今年で30年になると思うと感慨深いものがあります。

当時、スピリチュアルという表現も一般的ではなく、ヒーリングという言葉もほとんど聞いたことがありませんでした。

広島の大御所のお姉様二人が、関東で大人気のヒーラーを呼びたいので場所を貸してもらえないかと通っていたヨガ教室に依頼があったのです。

この二人のお姉様がどれだけ大御所かと言うと、

”大震災で新幹線が止まってしまったのでどうしましょうか?”とヒーリングの先生から電話をされた時に、”広島に来るべき人ならどんなことをしても来れますから、空でも飛んできてくださいな”とひと言だけ言って電話を切ったと言います。

そう言われては行くしかないと思われたそうで、飛行機の予約が取れないかと電話をしてみたところ、ちょうど今一席だけキャンセルが出たと言います。しかもちょうど乗りたい便だったのです。しかも帰りも乗りたい時間の便が一席だけ空いていたのです。

ここまでお膳立てされてしまったのではもう観念するしかないですよね。

そんな劇的な始まりから約15年間先生の元で学ばせていただきました。

初めてヒーリングと聞いた時に抱いたイメージは、白装束、瞑想的、宇宙的と中国の気功師が行う神秘的な施術のイメージだったのです。

しかし実際に来られた先生は予想を遥かに上回っていたのです。

なんとスーツ姿で来られ、おもむろに上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外してヒーリングを始められたのです。

初めて見る光景に唖然としながらも興味津々で、私も恐る恐る受けてみたのです。

手の温かさ、体に気が入る感覚、身体中の細胞が待っていたかのように脈動し、息づき、蘇るような感覚でした。

それからすっかり虜になってしまったのです。

当時の私は、10代で出会ったヨガのおかげで少しづつ元気になっていましたが、子供の頃から抱えてきた心の重苦しさから本格的に解放されたいと色々な本を読んだりして模索し始めた頃でした。

忘れられない体験が沢山ありますが、その中でも際立って印象に残っている体験があります。

2回目にヒーリングを受けた時のことです。有志の方のご好意でご自宅を解放され、人が集まりヒーリングを受けさせていただくことがありました。

そのお宅の奥様が篤信家で、床の間にチベット仏教の白ターラ菩薩様のタンカ(掛け軸)を掛けられていました。

その目の前でヒーリングをしていただいた時のことです。

“幼い頃から大変な苦しみを体験してきたので、許せない恨みの感情が体を病気にしてしまったんだね。”と言われ、いきなり背中から気を送られたのです。

その途端、白ターラ菩薩様の掛け軸が風もないのに大きく揺れ、まるで菩薩様が生きているかのように見えとても驚いたのです。

そして、

”ヒーリングを教えるから私についてきなさい。ターラ菩薩様は両方の手足に目があるでしょう。これは人間の手足は自分の世話をするためではなく、人を助けるためにあるということなんです。これからはターラ菩薩様のように生きて行きなさい。”

と言われ、なんのことだかさっぱりわからず、でもなんだかすごい先生に出会ってしまったと感じたのです。

こんな印象的な出会いから今日まで、先生に感謝しない日はありませんでした。どんな時も私の人生を正しい方向に導いてくださった先生、覚えが悪い私に何度もヒーリングの真髄やテクニックを教えてくださった先生、いつも満面の笑顔で迎えてくださった先生。

日本中行けるところは先生を追っかけて、ヒーリングを学ばせていただきました。

今ヒーリングをお伝えする度に、先生の言葉やヒーリングを想い出しながら、ヒーリングの素晴らしさを実感しているところです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です